2018年9月24日に行われましたCCC交友会主催の講演会 「いやしとスピリチュアリティーを考える」講師:賀来周一の概要をご紹介いたします。
「いやしとスピリチュアリティーの関係を考える」
「本当の自分に出会う」とはどういうことか。「健康なあなたも障がいのある私も同じく神様に愛されている」と言った重度心身障がいのある青年も、「病の床も恵の時」と言って不治の病を受け入れた中年女性も、そして「神にお委ねします」と言う「がん」を患う高年女性も、「最後は自分をこえたもの(存在)に身をおくことによって本当の自分に出会いたい」と願う。それは本当の自分として生きることを意味する。
人は究極性を求めている。「これさえあれば大丈夫」という答えが欲しい。しかし、医学、心理臨床、社会福祉の領域から現代社会が出す「大丈夫」では完全とは言えず、不安が残る。
究極の答えがあるかもしれないという思いから自分を超えた世界を知ろうとする。それはスピリチュアルな次元を知り、スピリチュアルな関わりを求めることにつながる。
では、「スピリチュアリティー」とは何か。
現代の学問の知の世界は、合理的(理屈が通る)、普遍的(誰もがOK)、客観的な世界であり、「なぜ生きている」「何のために生きている」という問いに答えをもたない。私たちは「役に立つこと」が「生きる目的」、「役に立たないこと」は「生きていても仕方がない」という世界に身を置いている。それを補うのがスピリチュアリティーであり、宗教性の高いものであるといえる。死の看取りの現場で、不条理な出来事の経験や難治性の病あるいは重大な喪失体験等を受け入れる者の援助現場において必要とされる。
スピリチュアルケアのあり方にはふたつのタイプが考えられる。言語による寄り添いタイプのケアと意味のあるシンボル(儀式、美術作品、音楽、植物、重要な人物などの非言語的世界)を通してのケア、である。
こうして人は非合理的、個別的、主観的な世界の中でスピリチュアルな答えに到達することができる。そして、「本当の私」を自分だけのために、あるいは人々と分かち合うために「私の物語」を作る。
(I.I.)